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ネパール 大地震からの復興

こんにちは。

今日は、ネパールのカトマンドゥに住む25歳男性のShernaさんにお話を伺いました。

 

York:カトマンドゥは10年前に一度行ったことがあります。

Sherna:そうなんですね。どうでしたか?

 

York:ちょうど王政が終わったあたりの時期でした。私はホームステイしながら、小学校で日本語を教える体験をしました。若い人が多くて、英語教育も日本より進んでいるという印象でした。古いヒンドゥー教の寺院が多く建っていたのを覚えています。

Shena:そうですね。その後、2015年にネパールではとても大きな地震が起こりました。ネパールにはパタン、カトマンドゥ、バクタプルという3つの場所に昔、都が置かれていて、それぞれの場所にダルバール広場というメインスクエアがありました。しかし、残念ながらパタンのダルバール広場は、地震でほぼすべての建物が倒れてしまいました。その後復興活動が行われ、今では70%くらい回復しています。

 

York:私はパタンの家に住んでいたので、とてもダルバール広場は気に入っていた場所です。

Sherna:パタンは特に、古い家が密集しているので、倒壊した家も数多くありました。日本も地震が多いと思いますが建物の倒壊などはありませんか?

 

York:日本は、厳しい耐震基準が建築基準に組み込まれるようになりました。それでも地震で倒壊することはあります。しかし、日本は建物全体の建築年数が若く維持されているので、築100年の家屋ばかりが建つエリアはほとんどありません。

メモ:ネパールは250年続く王国でしたが、2008年に共和国となりました。そのきっかけは2001年6月1日にネパールの首都カトマンズ、ナラヤンヒティ王宮で発生したネパール王族殺害事です。ディペンドラ王太子が父・ビレンドラ国王ら多数の王族を殺害したとされる事件ですが、事件の不自然さ、矛盾などから事件後に即位したビレンドラ国王の弟ギャネンドラが真犯人であるという憶測が国民の間に広まりました。議会の解散や言論統制を行おうとするギャネンドラは国民および海外諸国から強い批判を浴び、わずか7年で幕を閉じ、ネパール王国は消滅しました。

引用:

ja.wikipedia.org

ja.wikipedia.org